「SPICE誕生から40年、解析技術はメカトロ設計を救う」
2015年11月26日先月開催されたZuken Innovation World 2015では、昨年に引き続き浅井先生にご講演いただきました。今年は特別講演としてロボットクリエータ―高橋智隆氏にご講演いただくということもあり、ご自分のロビを持参していただき身近なロボットからメカトロ設計の発展性、教育の必要性をお話しいただきました。
はじめに
昨年は自身の専門である電気設計の分野の講演(※1)をさせていだきました。今回は図研さんがちょうど40年、奇しくも私の専門であるシミュレーションの技術のSPICEができてからちょうど40年、電磁場のふるまいを記述するMaxwellの方程式ができて150年ということもあり、今回の講演タイトルを「SPICE誕生から40年、解析技術はメカトロ設計を救う」にしました。
半導体/デジタル情報家電から車載用機器へ
さて、産業のトレンドは、この10年でだいぶ変わったと思います。私が社会人になった頃は半導体が主流で、関東、関西を問わず、コンシューマーエレクトロニクス関係の会社がすごく元気でした。そこから世の中どんどん変わり、いまやオートモーティブだとかロボットが非常に重要なポジションを占めるようになりました。いわゆるメカトロ、メカトロニクスです。最近考えているのが、これらに対して我々のシミュレーション技術がどのように応用できるかということです。
私が在籍している静岡大学は静岡県西部の浜松にあり、浜松には世界一の軽自動車を作っている会社があります。さらに西の県境を越えると、世界一の四輪を作っている会社があります。
このような環境の中で長年電気系の研究をやってきましたが、2年前に在籍する静岡大学が改組され、電子工学研究所と兼務して学部や大学院は機械工学科に移りました。それに伴い、メカの環境も勉強しなければいけないということで、熱解析なども並行して行うようになりました。
そうした状況から、昨年くらいからヒューマノイドロボットを含めたメカトロニクスに興味を持ち、そこに解析技術がどういうふうに使われうるのかということを考えています。
SPICE誕生から40年
さて、ここで少し電子回路のシミュレーション技術のお話をします。
十数年前一世を風靡し、世界で十数万台売れたペット型の四足歩行ロボットAIBOがありましたが、実はこのロボット製作に我々も携わり、我々の解析技術というのが使われていました。ですから、私はその四足歩行のペット型ロボットに関してはかなり思い入れがあります。
PIやEMIの設計問題は、プリント板の上にパッケージが載り、パッケージの中にLSIが入っている、という三重構造になっています。さらにその外側には筐体があります。
我々が携わっていたAIBOの開発においても、その電磁特性を一括して全部測定したいというのがあり、結局最後は計測サイトに持ち込んで、EMIの実験を行いました。
当時は、EMIのナビゲーションの測定は、やってみないと分からない。シミュレーションなんかで分かるはずがない、と言われた頃で、この時期はだいぶ長くつづきました。
このように、いわゆるチップとパッケージとボードを、全部一括して計測したいということは、昔からあった訳です。
ご存知のようにSPICEというのは、世の中で最初の集中定数をベースに電気回路の解析をしましょうというツールです。世界的にも標準化されており、どこでも使えます。これが無かったら回路の設計できないとまで言われています。誕生して40年ですから、1975年あたりにSPICEの最初のバージョンができたことになります。
1990年頃から何が重要になったかというとSIです。いわゆるノイズなどの影響をどう受けるかを一生懸命研究した時代です。物理モデルを使って解析を行うととても時間がかかり、SPICEを使うとマシンがフリーズします。それをなんとかしましょうということで、我々の研究室とソニーさんとで、三次元EMIシミュレータ「BLESS」を共同開発しました。意味はまさにGod blessからきていて、これを使うと皆さま幸せになりますよという意味を込めてあります。
2000年代にはいると今度は物理モデルに近いレベルで3次元のFull-Wave解析がしたいという要望が強くなり、それに応えようとSPICE系のシミュレータをとにかく精度よく速くする、あるいは3次元のFDTD法で解析したものを精度は同じでドラスティックに速くするようなことを考えていました。
そして、いま我々の研究は、車の解析ができるところまできています。
車はコンシューマーと比べるとハーネスが多かったり、ケーブルが多かったりしますが、そこに流れるコモン電流をいかに最適化するか、削減するかという問題を解析技術で解決する、それが現実的にできそうだというところまできています。
日本のメカトロニクス産業へ
ご存知のように、日本の産業、特に半導体はいま厳しいところにいます。一方でオートモーティブの産業はいますごく景気が良いようです。考えてみるとオートモーティブというのは、我々がいままでターゲットにしてきたノイズ問題なども、すごく厳しい状態です。近い将来オートモーティブとロボットというものが産業として大きなマーケットになるのではないでしょうか。
私は昔仕事で四足歩行ロボットに絡んだことがあるので、基本的にロボットが好きで、面白いと思っています。この後の講演で「ロビ」を設計した高橋さんが講演されるということで、今日は自分のロビを持ってきました。ロビの何が面白いかというと、人の声に反応するところです。頭の中には電子基板が入っていて、ちゃんと音声認識や画像認識もできる、そういう機能がインテグレートされたロビというヒューマノイドロボットがちゃんと成立していることが素晴らしいと思います。
オートモーティブやロボット産業の時代では、マルチフィジックスだとかメカトロニクスの設計に移るので、それに対応できるようなCADシステムなどが必要になります。
また、システムだけでなく、人材も重要です。
最近、東アジアの国々に勢いがあります。ご存知のように日本のコンシューマー製品を作っている会社は、韓国や台湾、あるいは中国の企業に苦戦をしいられています。それらの国々では、若い人たちは発展途上という感じで必死で勉強をしています。毎月のように海外に行きますが、東アジアの国々をみるたびにコンシューマーでは日本はまだまだ苦戦するだろうと思います。半導体、家電というのは最終的には印刷技術なので、一回できてしまうと後は人件費とかコスト競争になってしまいます。そこをやっている限りは、なかなかこの状況からは抜け出せないと思っています。
ではどうすればよいか、それよりも日本はもっと強いものがある。オートモーティブ関連で培ったものづくりと摺合せ技術、そこは印刷できません。そこに活路を見出すしかないのではないかと個人的には思います。
今後は機械と電子設計の摺合せ、いわゆるメカトロの方に、日本の活路は大きくみえてくるのではないでしょうか。そのためにはメカトロ設計の人材育成、つまり四力(機力、流力、熱力、材力)が理解でき、加えてSPICEが使える(電気設計ができる)人材育成が必要だと真剣に思っています。これは言うのは簡単ですが、なかなか難しいことです。
先にも述べましたが、私は静岡大学で機械科に所属するようになったので、今までの機械工学に電気電子やシステム、情報工学などの考え方を入れたいと思っています。今は、3年生の前期にMOSトランジスタや分布定数とか、オペアンプなどを教えています。こういうカリキュラムで、今後はSI/PIなどについても教えていきたいと考えています。このあたりを理解させることによって、メカトロニクス設計の技術者が育つと思っています。
またCADやCAEなどは、もともと電気系でコンピューターを使っていた人がやっていたことですが、機械系の人は単純に学生の時にそれらの勉強していない可能性があります。それを若い時から慣れてもらい、産業界に入った時にそれを自由に使いこなせる人材が育って欲しいとも思います。
たまたま出張の帰りの飛行機でみた「ビリギャル」という映画で感銘をうけたのですが、受験には戦略が必要です。受験とは、志望校を決め、自分の成績が分かった上で、努力して克服していくことですが、これには、選択をどういう科目にするか、自分のリソースをどういう風に集中させるかなどの戦略が必要だと思います。
そういう意味では産業界も次の世代のマーケットをどうするかとか、どこに注力するかなど戦略が必要だと思います。すべてのことに対して、努力はもちろん必要ですが、戦略はもっと必要ということを改めて自覚しました。
まとめ
日本の産業はだいぶ変わりました。コンシューマーの時代から、オートモーティブとかロボットに移りつつあります。コスト競争も起こり、それに勝つためには普通のものづくりではなかなか難しい状況です。最近円安になって、一部逆現象も起こっていますが、いずれにしてもどういう戦略で、コストを含めた意味で技術的に勝つかが非常に重要です。そのためには付加価値をどうつけるか、ということで知的ものづくりというものが課題となってきていると感じています。そして、そのひとつの分野として、メカトロニクス設計は非常に有望なのではないかと私は考えています。
また、次世代の人材育成も非常に重要です。次世代の産業や次世代の人材というのは、次の若い世代が考えれば良いことで我々ベテランが考えることではないですが、彼らには考える力や能力は今から身に付けてもらいたい、そこには我々も協力しなければいけないと思っています。
ご清聴ありがとうございました。
※1 昨年の講演の模様はコチラ
https://club-z.zuken.co.jp/z/feature/f10/2C4/f_ZIW2014_2C4-1.html