第2回 インサイト・コンサルティング -「起」の編
2021年03月16日こんにちは、RDPi 石橋です。
前回、VUCA時代には誰もがコンサルティング・マインドを持つことが大切であること、そのための提案スキルとなる「インサイト・コンサルティング」の概要を紹介しました。提案相手となるのは、社外、社内問わず、ビジネスを大きく発展させることをミッションとしている事業部長や社長クラスであり、限られた領域の問題を解決するのではなく、企業レベルの事業拡大や改善に直接貢献するインサイト・コンサルティングは、より大きな価値につなげる提案ができるスキルであるということをお伝えしました。
今回から、このような提案を実践するための「インサイト・コンサルティング」の詳細を紹介したいと思います。
インサイト・コンサルティングの全容
インサイト・コンサルティングによる提案のポイントの一つが「感情に訴えるストーリー作成」であることを前回お伝えしました。以下の図は、インサイト・コンサルティングの全体を図示したもので、この「ストーリー」を作るためのプロセスを示しています。起承転結の枠組みに沿ったものになっていることがポイントです。
「起」「承」の2つは、大きな価値を提供しようとしている相手との関係を構築するための地ならしをするプロセスです。提案相手となるのは、社外、社内問わず、ビジネスを大きく発展させることをミッションとしている事業部長や社長クラスになるはずですので、まずは、1人の人間として一対一の関係を構築しなければ次のステップに進むこともできません。このプロセスの目的は、相手の関心を理解し共感を示すことで、提案相手のフィールドに入ることを許してもらうことです。
「起」は、提案相手の現状ビジネスを分析すること(図の「ビジネス現状」)、「承」は提案相手の組織としての強みと弱みを分析すること(図の「自組織の強み」)と、手にしたい将来を明確にして共有すること(図の「トップの思い」)を実行するプロセスです。
次の「転」は提案全体のコアとなるプロセスで、提案相手の危機感を高め、課題を解決し、輝く未来を手に入れたいと切実に感じてもらうことが目的です。そのために、ストーリーに不可欠な「シナリオ」を作るという構造になっています。シナリオは複数作成しますが、その一つひとつは、現状分析に基づいた仮説構築、その仮説に基づいた根本原因分析、そして、根本原因を解消し、問題を解決するためのカギ(インサイト)を含む解決方法の提示というステップから成ります。
「転」は、現状課題を抱えたままでは大きな問題となることを理詰めで説明するととともに、問題に対する認識の枠組みを変えない限り解決する方法を見つけることはできないこと、そして、その認識の枠組みを変えるためのカギを提示するプロセスです。認識の枠組みを変えるためのカギが「インサイト」であり、理詰めで提案相手の危機感を高め、インサイトという思いもよらない視点や考え方を示すことで認識の枠組みを変えさせ、提案相手の感情を大きく揺さぶることが狙いです。
ここまでで、提案相手はあなたを誰よりも信頼し、あなたからの具体的な提案を渇望している状態になっているはずです。そこで、手に入れられる未来を具体化し、そのためのソリューションを提示することが、最後の「結」プロセスです。現状の問題を解決して、提案相手が望むビジネス(事業)を具体的に示し、その実現のためのアクションが実行可能であることを確認してもらうことが目的です。
「結」は、手に入れられるビジネス(事業)の未来である「ビジョン」を具体化すること、ビジョンが実現できたことを判断するための「ゴール」と組織内外で観測できる「期待効果」を具体化すること、そして、ビジョンを実現するための「ソリューション」をその段取りも含めて提示するというプロセスです。
ビジネスの現状調査・分析
それでは、最初の「起」プロセスの詳細について話を進めたいと思います。
「起」プロセスで実践するのは、提案相手と直接話をする前に、相手のビジネス(事業)の現状を調査・分析することです。つまり、話をする機会を持ったときに、提案相手のビジネスを私は理解しており、具体的な提案のできる用意があるということを伝える準備をしておくのです。「起」プロセスは、ビジネスのマクロ分析と競争要因分析の2つが主要なアクティビティです。
ビジネスのマクロ分析
相手のビジネスの主戦場である業界のマクロ分析にはいろいろな分析手法がありますが、ここで紹介したいのは、その中でも使いやすく、効果的な PEST分析です。PEST とは、Politics(政治)、Economy(経済)、Society(社会)、Technology(技術)の頭文字をとったもので、PEST分析は、経営戦略やマーケティング戦略を立てるときによく使われます。ビジネスをとりまく外部環境(マクロ環境)が、現在と将来にわたってビジネスにどのような影響を与えるのかを整理、予測するのに適した分析手法です。
図のように、4つのブロック一つひとつを P(政治), E(経済), S(社会), T(技術)を割り当てて、それぞれの要因をリストアップします。それぞれについて、概ね3~5年程度の中期的な時間軸における世の中のトレンドの予測を立て、簡潔に記述します。3~5年程度といっても現在から連続した延長上にあることばかりではないはずですから、積極的に予測することが大切です。ビジネスへの影響がプラスとなる要因とマイナスとなる要因の両方を予測することも忘れないでください。また、P, E, S, T を個別に予測することに加え、相互に関連したり影響したりする項目を見ながら、今後の動向について予測することがよい分析につながります。
練習のために、自分のビジネス(業界)について PEST 分析をしてみることをお勧めします。「政治」「経済」「社会」「技術」それぞれと相互の関連を一覧することができ、自分が関係している業界を取り巻く全体構造がわかりやすく整理できることを実感できると思います。
提案相手が置かれている業界の全体構造について話をすることができるということで、提案相手のビジネスの背景を共有できているということを示すことができ、ビジネスの成功をミッションとしている提案相手に、あなたの話を聞いてみたいと思ってもらうことができるのです。
競争要因分析
ビジネスのマクロ分析と並行して、よりミクロ視点で提案相手のビジネスがどのような競争下・競合下にあるのかを分析します。いろいろな分析手法がありますが、使い勝手がよく、有効なものがマイケル・ポーターが考案した「ファイブフォース分析(競争要因分析)」です。
ファイブフォース分析は、ビジネスがどのような競争要因下にあるのか、簡単にいうと、どのような相手からどのような圧力(プレッシャー)を受けているのかを分析するというものです。「競合企業」「供給業者」「顧客」「新規参入者」「代替品・代替サービス」の5つについて競争要因を分析・整理します。
ファイブフォース分析では、ビジネスにおける競争要因をこのような図で記述します。業界内での同業者との競争要因を中心にして、左右には供給業者と顧客という売上げとコスト、すなわち利益を左右する競争要因を並べ、上下には市場(マーケット)の獲得、すなわちシェアを左右する競争要因を並べることで、どのような対象からどのような圧力を受けるのかという全体像を把握することができる図になっています。
中央に位置するのが「競合企業間の敵対関係」で、業界内の競合企業との間でどのような圧力や影響を受けるのか、その要因をリストアップします。業界自体の成長率や競合企業の数の他、競合企業の原価率や固有技術(差別化技術)、資金力なども競合する企業との競争に影響する要因となるでしょう。競合企業との間で、どのような圧力があってお互いの経営資源を消耗する戦いとなっているのかという、業界内での競争の激しさがわかるような競争要因を分析・整理することがポイントです。
その左に位置するのが「供給業者の交渉力」で、サプライヤー(供給業者)との力関係に影響する要因をリストアップします。ここでは、サプライヤーからの提供物の必要性や独自性、購入価格などの他、サプライヤー自体の数やサプライヤーを切り替える場合のオーバーヘッド(スイッチングコスト)などがサプライヤーとの力関係に影響する要因となるでしょう。ここでの力関係とは交渉力ということです。強い交渉力となる要因と弱い交渉力となる要因に注目して分析することがポイントです。
右に位置するのは「顧客の交渉力」で、顧客(買い手)との力関係に影響する要因です。顧客が企業なのか一般消費者なのかはもちろん、市場規模や差別化を左右する価格などの要因や、さらには、顧客が他社に切り替える際の負荷(スイッチングコスト)なども要因となるでしょう。供給業者と同様に、力関係とは交渉力であり、強い交渉力となる要因と弱い交渉力となる要因に注目して分析することがポイントになります。
上に位置するのは「新規参入の脅威」で、異業種からの新規参入者がどのような戦略・施術で参入するのかを予測し、リストアップします。そもそも新規参入が容易かどうかに関係する市場規模や固有技術、規制などの障壁の他、流通チャネル、技術動向、ブランド価値なども要因として考える必要があるでしょう。
多くの場合が想定外の新規参入者であり、大きなビジネス環境の変化が引き起こされる可能性となることに注意してください。市場(マーケット)そのものが変わることや、競争要因や条件を根底から変えてしまう脅威を考えて、想定外を想定内にしておくことが大切です。
下に位置するのは「代替品・代替サービスの脅威」で、現状では競合するとは考えられない、あるいは、異業種と考えているプロダクトやサービスをリストアップします。ネットワーク化やデジタル化によって、価格、品質、機能が劣っている、あるいは、これらの基準が別のものだと考えていたプロダクトやサービスが、その市場(マーケット)や顧客層を大きく変えるというようなことは珍しいことではなくなりました。クレイトン・クリステンセンが示した破壊的イノベーションが、今では珍しいことではなくなったといえます。新規参入の脅威と同様に、広い視野でどのようなことが起こりえるのかを検討し、市場(マーケット)そのものを変えられる可能性や、競争要因ががらりと変わってしまう可能性があることを想定することが大切です。
「起」プロセスの PEST 分析とファイブフォース分析は、提案相手と直接話をする前にやっておくことで、話をする機会ができたときに確認することが明確になり、短い会話であっても最大限有効な時間にすることができます。そして、話をする機会の度に PEST 分析とファイブ・フォース分析をアップデートすることも忘れないようにしてください。
短い時間でも提案相手と直接話をすることで、相手が考えていることを相手の言葉で把握したり、言葉にはしていないものの考えているであろうことを予測したりして、より現実感のある分析とすることが、提案相手との信頼関係を構築する上で重要なことになるのです。
次回は、「承」プロセスの詳細を解説します。お楽しみに。
執筆者プロフィール 日本ヒューレット・パッカード(HP)に入社し、R&D で半導体テスターなどの製品開発に従事した後、HP全社の開発・製造のデジタル化と仕組み改革にプロジェクト・リーダーとして参加。大幅な開発効率化を実現し、日本科学技術連盟石川賞を受賞。その経験をもとに開発マネジメントやプロジェクト管理、設計プロセスなどのコンサルティングを実施している。 コンサルティングを続ける中で、業務の仕組み改善は、個人の成長を伴うものであるべきとの思いが強くなり、コーチングや心理学を学び、組織と個人の両方に働きかけるコンサルティングを実施するために株式会社 RDPi を設立。組織と個人の両方に働きかけるコンサルティングを実施している。現在、日本ポジティブ心理学協会の理事を務めている。 ●株式会社 RDPi : http://www.rdpi.jp/ |