第14回 組織文化を知ることからはじめる両軸の改革
2025年01月06日
随分と久しぶりのコラムとなりました。RDPi 石橋です。
コロナの収束とともに開発現場に入って活動することが多くなり、なかなか記事作成の時間が取れませんでした。
前回から「両軸の改革」の連載をはじめていますが、以前の「VUCA時代の自己開発と組織開発」の記事を含めた一覧がこちらになります。よろしければこの機会にご覧ください。
さて、
「なぜ導入した仕組みがうまく機能しないのだろう?」
「せっかくの改善活動が形骸化してしまうのはなぜなのだろう?」
こうした悩みを抱える組織は少なくありません。前回の記事で紹介した「両軸の改革」では、持続的な改善や改革には、「業務の仕組み」と「個人の意識」の両方向からのアプローチが不可欠であることを解説しました。
その中で、今回特に焦点を当てたいのが「組織文化を理解する」という第一歩です。20年以上にわたり、100社以上の組織改革を支援してきた経験を基に、成功に導く重要なポイントや実践的なアプローチをご紹介します。
1.組織文化が組織のパフォーマンスを左右する
新しい仕組みを導入しても、期待した成果が得られない、あるいは時間の経過とともに形骸化してしまう、というような課題は、多くの組織で見られます。その原因の一つに、組織固有の「文化」に対する理解や配慮が不足していることが挙げられます。
組織文化は日々の業務を通じて自然に形成・定着するものであり、意思決定や顧客対応など、さまざまな組織運営に深く根付いています。これまでの私の経験や国内外の研究に基づき、以下のような要因が組織文化に大きく影響を与えることが分かっています。
・創業者の理念や初期のビジネスモデル
創業の精神は、思いのほか長期間にわたり組織に影響を与え続ける
・危機対応や事業転換の経験
成功体験や失敗体験が、その後の組織の行動パターンとして定着する
・業界特性や競合との関係
例えば、品質重視の業界では慎重な文化が、変化の激しい業界では挑戦的な文化が育ちやすい傾向がある
・評価や報酬の仕組み
どのような行動が評価されるのかが、メンバーの一人ひとりの行動に大きな影響を与える
・リーダーの言動や権限委譲の実態
経営層の発言よりも行動の方が、現場に与える影響力は圧倒的に大きい
これらの要因は、会社全体、あるいは部署ごとにも異なった影響を及ぼし、さらに、時間の経過とともに形を変えて影響を与えます。そのため、「自社の文化はこうだ」と一言で片付けることは難しいのが現実です。また、多くのマネジャーが「メンバーの意識を変えるのは本当に難しい」と感じる一因として、メンバー自身が気づかないうちに組織文化に染まってしまい、その自覚もないことが挙げられます。
2.組織文化を分析・把握する必要性
業務改善や改革活動が期待通りの成果を上げない理由の一つに、組織文化を十分に理解し、それを反映したアプローチができていないことがあります。組織文化を考慮せずに、他社の成功事例や実績があるという手法をそのまま自組織に適用しようとしても、文化的な土壌が異なればうまくいかないのです。
そこで、組織文化を客観的に分析するための方法として、「競合価値観フレームワーク(CVF)」を活用した分析手法をご紹介します。
■CVF による組織文化分析
CVFは、組織文化を2つの軸で分類します:
・柔軟性指向 vs. 安定性指向
変化や適応を指向するのか、秩序や予測可能性を指向するのか
・内部重視 vs. 外部重視
組織内部の調和を重視するか、組織外部との競争力を重視するか
この2軸を組み合わせることで、組織文化は以下の4つに分類されます。ただし、「どれが良い」という話ではありません。それぞれの特性、強み、課題、改善・改革に有効なアプローチを見ていきましょう。
■革新的文化(アドホクラシー型)
イノベーションや挑戦を重視する文化。新しいアイデアを歓迎し、未来志向の活動に力を入れる組織です。
強み:
・起業家精神や創造性を刺激するイノベーションを重視する
・時代や市場の変化への適応力が高い
課題:
・新しいことへの興味が先行し、実行が途中で頓挫しやすい
・成果の定着や標準化が不十分になりがち
・個人の裁量が大きすぎて、組織としての一貫性が保てない
有効なアプローチ:
・小規模な実験的取り組みから始める
・成功事例を可視化して横展開する
・失敗を学びの機会として捉える雰囲気を作る
■家族的文化(クラン型)
信頼と協調を重視する文化。メンバー全員が共通の価値観を持つことで一体感を生む組織です。
強み:
・強い一体感を持つ
・知識や経験の共有が自然に行われる
課題:
・和を重んじるあまり、必要な変革に踏み切れない
・外部の新しい考え方を受け入れることへの抵抗が強い
・パフォーマンスの評価や改善指導が適切に行われない
有効なアプローチ:
・キーパーソンの共感を得ることを最優先する
・対話の機会を十分に設ける
・全員参加型のボトムアップ施策を重視する
■官僚的文化(ヒエラルキー型)
規則や手順を重視し、安定性と効率性を追求する文化。問題を未然に防ぐ管理体制を重視します。
強み:
・手順や規則を重視し、安定性を追求する
・品質の安定性と効率性が高い
課題:
・前例踏襲の意識が強く、変革への抵抗が大きい
・手順や規則の改定に時間がかかりすぎる
・部門間の壁が高く、横断的な改革が進めにくい
有効なアプローチ:
・既存のルールや手順の範囲内で改善策を提案する
・データに基づく客観的な判断を重視する
・段階的なアプローチで着実に進める
■市場指向的文化(マーケット型)
競争力や成果を重視し、目標達成に力を入れる文化。外部との関係性を重要視します。
強み:
・成果と競争力を重視し、目標達成にこだわる
・高い生産性と明確な成果が出やすい
課題:
・短期的な成果を重視しすぎて、本質的な改革が進まない
・部門間の過度な競争が協力関係を阻害する
・数値目標の達成に注力するあまり、プロセス改善が疎かになる
有効なアプローチ:
・定量的な目標や評価基準を設定する
・部門間の健全な競争を促進する
・成果に応じた報酬や認知の仕組みを整備する
3.分析結果を実践に活かす
それでは、実際の CVF 分析の事例を紹介したいと思います。図1は、製品開発をしている2つの会社の技術部門の分析結果です。
【組織A】
・B2C の電気機器開発の東証上場企業
・文化の特徴:革新的文化(市場指向も強い)
・選択したアプローチ:
– 部門横断のワーキンググループを結成
– 定量的な成果目標を設定
– グループ間で成果を競い合う仕組みを導入
・取り組みのポイント:
革新的な文化を活かし、競争原理も取り入れることで、メンバーの自主性と改善意欲を引き出した。
【組織B】
・B2B の生産装置開発の東証上場企業
・文化の特徴:官僚的文化(家族的な要素も持つ)
・選択したアプローチ:
– 少数のメンバーで全体計画を策定
– 定期的な進捗確認の仕組み整備
– 既存の組織構造を活用した活動成果の展開
・取り組みのポイント:
安定性を重視する文化を尊重しながら、家族的な信頼関係を活かした丁寧な展開により、着実な成果を共有しながら進めた。
このように、組織文化に応じたアプローチを選択することで、改革の成功確率は大きく向上します。
4.組織文化をより深く理解する
ただし、CVFによる分析だけでは、組織文化の全体像を把握するには十分ではないこともあります。このような場合には、より深い分析が必要となります。エドガー・シャインの文化の3層モデルが参考になります。
■文化の3層モデル
表層(見えるもの)
観察によって把握することができるが表面的な理解に留まりがちである。
主な調査対象:
・組織図や規程類
・オフィスのレイアウト
・日常的な会議の進め方 など
中層(共有された価値観)
インタビューや調査票などを通じて判断や行動の元となっているものを把握する。
主な調査対象:
・経営理念や方針
・重視される行動規範
・意思決定の優先基準 など
深層(無意識の前提)
主に対話を通じて調査する最も影響力が大きい要素だが、意識下にあるため把握が最も難しい。
主な調査対象:
・無意識のうちに当たり前と思われている考え方
・暗黙の了解事項
・行動の根底にある価値観 など
この中で難しいのは中層と深層の調査ですが、この2つを効率的に実施するために「両軸分析」を開発しました。これは、前回紹介した「業務の仕組み」と「個人の意識」を以下の5つの成熟度で定義し、成熟度の観点で点数付けするというものです。
図3は、いくつかの組織(会社)で実施した両軸分析結果です。業務の仕組みと個人の意識の成熟度はともに、最低点が0点、最高点が 10 点です。
このグラフからは、業務の仕組みと個人の意識には正の相関があることがわかります。これは、組織文化の基盤となる仕組みづくりと意識変革は、車の両輪として進める必要があるということです。また、このように他社と比較をすることで自分たちの相対的な実力を知ることができます。
B社、C社、E社は両軸の改革を実施前(Before)と実施後(After)の評価結果を記載しています。CVF 分析結果をもとに活動の中期計画を作成して進めたことで、目に見える効果を出すことができた例です。
ちなみに、H社のように業務の仕組みと比較して個人の意識が高い組織は、業務の効率化や高度化の仕組みの構築や改善が、短期間で効果として現れる可能性が高い傾向があります。
このように、両軸分析によって中層と深層に相当する自分たちの組織文化の成熟度を知るとともに、改善・改革の活動成果の進捗を把握することができます。実際の改善・活動の取り組みについては、次回以降、紹介していきたいと思います。
5.終わりに
多くの組織で、KPI の設定や効率化の仕組みづくりに力を入れていますが、それだけでは効果的かつ持続的な改善・改革を実現することは困難です。組織文化への深い理解と、組織文化に基づいた業務の仕組み作りと個人の意識改革のアプローチの選択が、改革の成否を分けるカギとなります。
具体的な分析方法や取り組みの手法・技法の詳細は、次回以降で解説していきたいと思いますが、まずは、自分たちの組織文化を業務の仕組みと個人の意識という両軸で把握することが最初のステップであることを理解いただけたのではないでしょうか。
次回は、組織文化の基盤となるものの把握が難しい個人の意識について、より詳しく解説する予定です。具体的な評価方法や、成熟度を高めるための方法についてお伝えしたいと思います。
なお、本稿で紹介した CVF 分析や両軸分析について、より詳しい情報をご希望の方は、お気軽にお問い合わせください。皆様の組織の状況に合わせた分析方法や改善・改革の取り組みについてのご提案も可能です。