【第1回】電子機器製品と基板の進化
2023年07月20日はじめまして。
今年4月に新卒でゼット電機株式会社に入社した、鈴木陽翔(すずきはると)です。
新入社員研修後、開発部門に配属されて、基板設計を担当することになりました。
大学は理系ではあったものの工学系専攻ではなかったこともあり、正直いって基板の「キ」の字もわからないんだけど、大丈夫かな…と不安に思っていたら、先輩から声をかけられた。
「鈴木君、ちょっといい? 今度のプロジェクトのプロジェクトリーダーを担当することになった高橋です。君にもプロジェクトの基板設計チームに入ってもらうことになったからよろしくね!」
「はい。よろしくお願いします。基板ってパソコン分解したら中に入っている緑色の板のことですよね?」
「あ、そうか。これから基板設計者になるならもうちょっと基板のこととか、それを設計するためのCAD(*)について学んでおいたほうがいいね。開発室の星さんが詳しいから、教えてもらうといいよ。話は通しておくから。」
「あっ、はい。ありがとうございます…」
配属早々の急展開、大丈夫かな…。星さんって知らないけど、優しい人だといいな。
とりあえず開発室に行ってみよう。
「失礼します、こちらに星さんはいらっしゃいますか?」
「おう!俺だよ。君が新人の鈴木君だね? これから基板設計やるのに基板についての知識がほぼないらしいね。まぁ、普通の人は家電やゲーム機を構成している部品のひとつ、くらいの認識しかないかもだね。
でも、君みたいな若い人たちにこそ、最先端の高密度実装とかを含めてプリント基板の世界を知って、基板エンジニアとして活躍してもらいたいから、
俺が知り得る限りの基板にまつわる基礎知識や情報を余すところなく伝えていくよ。それでいいかい?」
「はい、よろしくお願いします! 基板とか、半導体とか、実装とか何となくしか理解していないので、基本の『キ』から教えてください」
「OK!じゃあ、まずは今の社会情勢とか技術トレンドから始めようか。自動運転、ロボットやAI、IoT、5Gといった用語は見聞きしたことあるよね?」
「はい、テレビやネットでよく見ます」
「よかった。今挙げた技術が代表的なものなんだけど、今の時代はテクノロジーが高度化していて、半導体を搭載した基板を設計・製造するのが年々難しくなっているんだよ。これから基板設計者を目指す君は、俺の時代より高度な設計をする必要があるから大変かもしれないよ。
例えば、我々の身近にあるパソコンやスマートフォン(以下 スマホ)、クルマなどの電子機器製品では、システム全体の中で基板の役割が大きく変化していて、設計の初期段階で構想設計や全体最適化を行うことが重要になってきているんだ。
もっというと、先端半導体の技術革新は目覚ましいものがあって、その半導体を実装した高密度基板などが重要な役割を果たすと注目されていて、その基板製造プロセス開発、材料開発、装置開発、そして設計が重要な領域になっているんだよ」
「ということは、基板設計エンジニアの役割や使命も大きくなっていて、モノづくりの世界で存在価値や存在意義が高まっている、ということですか?それは責任重大な仕事ですね、本当に自分は一人前の基板設計者になれるのかな…」
「それは君次第だよ。志と情熱、そしてこれからの行動によるよね。基板設計者の存在価値が高まっていることに気づけただけでもひとつ成長したんじゃない?これから基礎教養を身につけてこういう気づきを重ねていけば、基板設計者としてのやりがいも感じられるようになるかもしれないね」
「そうですね。もっといろいろ教えてください!」
「じゃあ、半導体や基板の進化で、身の回りの電子機器製品がどう変わってきたのかというところから始めようか。鈴木君は『ポケベル』って知ってる?」
「ポケベル?聞いたことありません…」
「今の人は名前も知らないのか…。昔そういう製品があったんだよ。1980年代当時は、携帯電話やスマホがなくて、家や職場の固定電話や公衆電話からしか電話ができなかったんだけど、ポケベルが登場して外出中の人にも連絡できるようになったんだ。
ただ、ポケベルはメッセージを受け取れるだけで、メッセージを送るためには固定電話や公衆電話が必要だったんだ。例えば、『4649(よろしく)』とか『999(サンキュー)』といったように数字の語呂合わせでメッセージを送っていたんだよ。」
「その語呂合わせをおぼえるのが至難のワザですね…」
「確かにその通りだね。ただ、この例からもわかるように、スマホを始めあらゆる電子機器製品は進化をし続けて今の姿になっているんだ。性能を上げて進化させるために、製品に実装する半導体デバイスを進化させ、またその半導体デバイスに対応した基板に変え、さらにはその基板に合わせたCADを開発していったんだよ。
そういう視点で日本の電子機器の歴史を振り返ると、1960年代には白黒テレビや洗濯機、冷蔵庫、これらは俗に三種の神器と呼ばれたんだけど、こうした製品の普及のきっかけになったのがプリント基板なんだよ」
「そんなに基板の登場は大きなできごとだったんですか?」
「そうだよ。なぜかというと、基板が登場する前までの電子機器では、製品内のシャーシなどに固定したり、ことによっては固定すらしていなかったり…つまり宙に浮かせてたりしていたんだよ。とはいえ俺も、部品が宙に浮いた製品を開けてみたことはないんだけど。でも、さすがにそんな状態じゃ安定しないし、大量生産にも向かないよね。そこに登場したのがプリント基板だったってわけだ。
ちなみに余談だけど、プリント基板というと厳密には部品が載る前のものを指すようで、プリント配線板と呼ぶ人も多いね。英語だとPWB(Printed Wiring Board)。一方で部品が載ったものはプリント回路板とかって呼ばれることもあるんだけど、個人的にはこっちは英語のPCB(Printed Circuit Board)っていう呼び方が普及している印象があるな。どっちもこの業界内ではさまざまな呼び方があるんだけど、業務の中でそうした語句を使う時には、誤解を招くことがないかってことを意識しておいた方がいいね」
「ありがとうございます、気を付けます」
「さて、話を戻すと、1970年代に、従来の電子部品を電子チップの形にして基板上にマウント実装する表面実装技術が登場した。基板をより省スペースかつ小型にできるので、電卓や任天堂のゲームウォッチ、ソニーのウォークマンといった小型の電子機器が出てきたんだ。AppleⅡという画期的なパソコンが生まれたのもこの頃だね。
そして、1990年頃にソニーからパスポートサイズのビデオカメラ『ハンディカムCCD-TR55』が登場して、当時の人気女優 浅野温子を起用したCMも功を奏し大ヒットした。これを開発するにあたって、ソニーが小さな電子部品や表面実装技術を必要としたために、ハンディカムを設計するためのCADが新たに開発されるなど、そこで時代が大きく変わったんだ。それまではラジオやラジカセ、ビデオデッキなど『一家に一台』というモノが主流だったんだけど、ゲーム機や携帯電話など『一人に一台』のモノにシフトして、性能を出すために高密度実装や表面実装という新しい技術が出てきたんだ」
「2000年台の少し前くらいから、コアとなる基材の上に導体を1層ずつ積み上げて多層化したビルドアップ基板が本格的に量産され始めた。高密度かつ高集積な基板ができるので、当然それを使った製品そのものも、より小型かつ高性能、多機能になったんだ。例えば、ソニーのゲーム機プレイステーションやホンダの人型ロボットASIMO、トヨタのハイブリッド車プリウスなどが次々と登場したんだよ」
「ちなみに、鈴木君がさっきからチラチラ見ているスマホも近年で急速に進化したモノだよ。1980年代に世界で最初の携帯電話が日本で登場するんだけど、それは自動車に搭載された移動通信電話だったんだ。それが進化して、1988年にカバンくらいの大きさの携帯電話が登場するんだけど、今からするととてつもない大きさなんだよね」
「2000年前後にNTTドコモのmova(ムーバ)やパナソニックのP201という200グラムくらいの小型携帯が登場したんだけど、従来の基板では小さく軽くできないため、さっきも話したビルドアップ基板というものが開発されたんだ。小さく線幅ピッチの細いビルドアップ基板をつくるために、基板製造のプロセスを開発して、製造装置や材料も変えるなど、新しい商品をヒットさせるために基板プロセス全体を変えているんだよ。
これらの取り組みによって、通信速度も格段に速くなったよ。1990年前後にアナログ通信回線で9600bpsだったものが、いまや5G(10~100Gbps)という高速大容量、低遅延、多数同時接続を実現しているんだ。そのおかげで、我々はスマホで大容量データをダウンロードしたり動画コンテンツやゲームをスムーズに利用できたりするんだよ。
こんなふうに市場の要求に合わせて実装するための基板が変わっていき、それを設計するためのCADも進化するということを繰り返して電子機器は発展してきたんだ。
だから君がこれから担当する『基板設計』も、電子機器の発展に欠かせない技術の一つであることは間違いないね」
「なるほど!その時代を席巻するような新製品やサービスには、『半導体や基板の画期的な性能アップ』が関係していたんですね。ぼくもいつか、世間をあっといわせる製品の基板設計に関わりたいです!」
「そうそう、夢は大きくね!さらに今の時代は、IoTやクラウドが当たり前になってきているよね。外出先でエアコンをつけたり、お風呂を沸かしたりするのがIoT。もう君ら世代はあたりまえにIoTのメリットを享受しているよね。クラウドも音楽配信サービスやデータ共有サービスなどいろいろ便利なサービスが身近なところに溢れているよね。月額いくらというアプリやサービスはクラウドを利用しているものが多いね。
これらの製品やサービスを支えるICT機器もどんどん進化していってるんだよ。扱う情報量が増えたり、複雑な計算が必要になったことへの対応が求められたりしたからね。スーパーコンピュータやデータセンターの大規模サーバーの領域では、世界一の性能を目指して各国がしのぎを削る中、日本の『富岳』が世界一計算の速いコンピュータの位置を保っていたのは誇らしいことだよ。
半導体と基板の実装技術の進化によって、自動運転車、遠隔手術装置など、より高度で複合的な技術が求められる機器の研究も進められているんだ。つまり、設計時に考慮しなければならないことも飛躍的に増えているってことだね。覚えることや気をつけなければいけないことはたくさんあるけど、CADソフトの性能も上がっているから不安になりすぎる必要はないよ。一歩ずつがんばろう!」
(続く)
■参照文献 今回の連載企画では、2020 年 5月に発刊した『今日からモノ知りシリーズ トコトンやさしい 半導体パッケージ実装と高密度実装の本』の内容を参考にしています。 本書では、半導体パッケージの実装方法、部品内蔵基板の開発、高速伝送に対応した進化、プリント配線板の将来展望など、実装階層を構成する各種の高密度実装について、最新技術も含めて紹介されています。 なお、この書籍の著者の一人である長谷川清久氏が本連載を監修しています。 |
■監修者:長谷川 清久氏のプロフィール 1967年生まれ。1986年イビデン株式会社入社。 プリント配線板およびCOB基板、パッケージ基板設計、社内CAD・CAM開発業務に従事。 1994年イビテック株式会社に移籍。シミュレーション技術開発、高速・高周波設計技術開発、ノートPCおよび携帯電話、デジタルテレビ、プロジェクター、カーナビ、基地局向けの設計技術開発、メモリーモジュールおよび光モジュール、SiP、Si-IP、三次元積層IC、部品内蔵基板の設計技術開発を歴任。 2013年株式会社図研に入社。3D-ICおよび部品内蔵基板、3D-MID、Additive Manufacturing技術、IoT向けモジュールの設計環境構築業務に従事。 2023年Rapidus株式会社に入社。 |