日本が誇る安全性、これからの鉄道システムと技術
2021年01月19日
近年多くの記事のネタ提供元となっている当社技術本部 松澤より、JIEPのバウンダリスキャン(以後、BS)研究会の公開研究会を、図研を主会場としてWeb配信することになったとの連絡が。「鉄道界では有名な方がいらっしゃるからさ。千載一遇のチャンスだよ」…そう言われると、ライトながら鉄道ファン(路線図好き)としては断れません。ぜひ行きましょう。
【そもそもJIEP、そして公開研究会とは】
これまで、Club-Zでその主催イベントをご紹介したこともありますが、JIEPとは一般社団法人 エレクトロニクス実装学会のことで、現在技術本部 長谷川が理事を務めています。そして、その中にいくつもある技術委員会・研究会の一つが、BS研究会なのです(人気連載『試作基板のデバッグとテストの改善策』を執筆されているアンドールシステムサポート社 谷口様は、当研究会の幹事を務めています)。
そして公開研究会とは、各研究会での成果発表や情報共有などを目的に実施されているもので、これまではJIEPの回路会館で行われていましたが、第3回となる今回はコロナ禍を鑑みオンライン開催となり、幹事役を当社 松澤がやっていたので、主催者承諾の上で配信場所を図研にしてみることになったそうです。
【なぜ鉄道界のオーソリティーが? そしていよいよ講演開始】
最初に、公益財団法人 鉄道総合技術研究所(以後、鉄道総研)の元理事長である秋田 雄志様より、「より安全・高品質な鉄道を目指して ―鉄道技術・システムのこれまで、これから―」と題した特別講演が行われました。鉄道とBSにどんな関係が…?と思われる読者もいらっしゃるでしょうが、BSテストはBGAの実装不良を適確に発見し、流通する製品による事故を防ぐ目的で行うわけですから、「安全性」は当研究会の基調講演のテーマとして相応しいのです。
最初に秋田様のプロフィールとして、1967年に国鉄入社、ほどなく鉄道総研の前身となる鉄道技術研究所に移り、新幹線運転管理システムや鉄道信号用電子連動装置の開発、鉄道の事故リスク評価の研究などに携わってきたこと。そして、ルーツを帝国鉄道庁に持つ鉄道総研が200名超の博士、100名超の技術士を抱え、1,600件超の特許を保有していることなどが紹介されました。
そして、蒸気機関車に端を発する鉄道が、今やリニアモーターカーを含む多種多様な種類に発展していること、日本が世界に類を見ない旅客鉄道王国(輸送機関別シェアで鉄道が36%)であることなどが語られました。
【日本の新幹線の優位性と可能性】
そして、話題は日本が誇る新幹線に。建設のトリガーは、なんと鉄道技術研究所が「東京~大阪3時間の可能性」と題して1957年に行った講演で、この時は押すな押すなの大盛況だったそうです。この時語られた夢が、夢のままに終わることなく、ごく短期間のうちに現実になったことは、日本のみならず世界の技術史にとって輝かしいことだと思います。その新幹線ですが、「大きく軽量」「広い車体幅」「トンネル断面積の小ささ」「他に類を見ない地震対策」などが、他国の高速鉄道と比して非常に優位であり、そして皆さんご存じの通り、開業以来乗客死傷者ゼロという安全性を誇っているとのこと。
また、新幹線の平均遅れ時分は20秒程度とのことで、運行も比類なき精度を誇っていますが、こうした状況を支えているものとして、開業からほどなく導入された運行管理システム「COMTRAC」や、その改良版ともいえる「COSMOS」なども紹介されました。
ちなみに、3時間で行ける範囲は航空機に比して鉄道のシェアが高くなる傾向があるそうで、世界的に「1,000kmを3時間で結ぶ」試みが行われているとのことです。現在も世界各国で高速鉄道プロジェクトがありますが、信頼性の高い日本の新幹線技術が海外に輸出される例ももちろんあり、インドでは500km以上を結ぶ高速旅客鉄道が新幹線方式で導入される予定となっているそうです。
【これからの鉄道システムと技術】
日本の鉄道史における死者100名以上の重大事故は、開業以来150年間で9件。過去30年では運転事故リスクは継続的に減少しており、列車に乗っていての死傷は非常に少ない、というのが現在の日本の鉄道事情とのこと。
そんな日本の鉄道がこれからどのように変化するかを予想するということで、少子高齢化社会に伴う人口減、激甚化する自然災害、鉄道インフラの老朽化、コロナ後の社会生活パラダイムシフトなどにより、MaaS(Mobility as a Service)など、さまざまな交通手段をシームレスにつなぐような在り方が求められるのではないか、そして鉄道輸送サービスの高品質化として、快適性向上(満員通勤輸送の解消など)、利便性向上(ドア to ドアの一貫輸送など)、安心向上(障害を持つ人に対しての輸送バリアの解消など)、システムの信頼性向上(輸送の安全と機能の維持など)が進んでいくものと考えられるとの考察が述べられました。
そうした方向に進化していくこれからの鉄道システムを支える各種技術のうち、本記事では2つをご紹介します。
最初に「デジタルメンテナンスによる省力化」です。人手・目視での確認に替わり、車両上に搭載したラインセンサカメラやレーザーセンサなどで、どちらのレールを何mm高くしなければならないかなどを計測したり、カメラでの画像からAIによるひび割れ検知を行ったり、危険箇所となる構造物のチェックにドローンを活用したりといったことをしています。また、沿線ハザードをデジタル記録することにより、画像処理、機械学習を通し、リスクベースの軌道保守計画を策定する試みも行われているそうです。
次に「列車運行の自動化(列車制御のインテリジェンス化)」です。キーワードは「自律制御」「無線通信」「センシング」で、例えば前方障害物の自動検出とそれに伴う高減速停止制御や、道路ITSと連携した踏切安全制御などが挙げられます。従来は地上主導の列車制御でしたが、それを地上の支援のもとに車上主導で行うことで安全を担保しようとする取り組みが行われているとのことです。
鉄道では「フェールセーフ」という考え方が非常に重要で(この概念と技術はすでに19世紀半ばに鉄道では使われていましたが、Fail-safeという簡潔明瞭な用語は大戦後の米空軍核戦略の安全確保の概念を表すものとして生まれたそうです)、何かあった時に確実に列車を停止させることが安全の基本ですが、トンネル内の火災や津波などの際には、安全な場所まで走行させるようにするということで、そのフェールセーフ技術に基づいた列車の制御装置の例が複数紹介されました。
ここでフェールセーフが出たところで、鉄道車両に使われているプリント回路基板のトピックになりました。鉄道では予防保全の考え方が重要で、使われている機器の寿命を予測しながら計画的にメンテナンスをしていく必要があります。例えばインバータ装置ですが、不具合の約50%が制御部の故障であり、そのうちの約30%が基板のはんだ不良であるというデータが示されました。インバータ装置を想定通りの寿命で稼働させるためには、こうしたはんだ不良を未然にふせぐことが必要となりますが、それにあたりBSテストが有効な手立ての一つとなるとのことです。
この後、超電導リニアモーターカーの開発状況について言及され、最後にテスラ社のイーロン・マスク氏が構想し、時速1,200kmを目指しているというチューブトレインが紹介され、鉄道の過去から未来に至る技術談話の締めとされました。
【JIEP、そして研究会の活動意義】
この後、BS研究会 主査、愛媛大学の亀山 修一 工学博士より「いまさら聞けないバウンダリスキャン」と題し、BSをあまり知らない人を対象にした、易しい解説があり、また株式会社富士通ITプロダクツ勢登 健志様より「富士通サーバの試験戦略 ~試験容易化設計で高品質とコスト抑止を両立~」と題し、サーバ開発におけるBSテストとファンクションテストの融合や、設計・製造連携などについて、そしてエスペック株式会社 今堀 翔也様より「BGA実装基板の信頼性評価」と題し、BSテストと環境試験器(HALT装置)の併用による具体的な効果事例などが発表され、最後にオンライン聴講者からの活発な質疑応答を経て、3時間半におよぶ公開研究会は閉会となりました。
JIEPでは、エレクトロニクス実装に関する多岐に亘る技術委員会・研究会があり、年間を通して各会が公開研究会を実施しています。実装に関する会員相互の技術情報交換や人脈形成などが図られており、実務に関係する、または興味のあるテーマの研究会に入会することは、非常に有意義なものと考えられます。法人・個人いずれでも入会できますので、ぜひ読者の皆さんも検討してみてはいかがでしょうか。
【JIEP公式サイト内「第3回BS研究会」のアジェンダページ】
https://web.jiep.or.jp/seminar/tcwg/tc14_bsc20201203/
【鉄道総研の公式サイト】
https://www.rtri.or.jp/