未来のエンジニアを育てる、学生フォーミュラの舞台裏
2023年10月04日学生が一人乗りのフォーミュラーカーを自ら構想・設計・製作し、クルマの走行性能だけでなく、車両コンセプトや販売戦略(プレゼン)、製造とコスト(コスト)、設計技術(デザイン)を含めた総合成績で競う、「ものづくり・デザインコンペティション」。その原型であるフォーミュラSAEは1981年にアメリカで始まって以降、世界各地に広がり現在18カ国で同一ルールで開催されています。日本大会は、今年で21回目を迎え、2023年8月28日~9月2日の6日間で静岡県の小笠山総合運動公園(エコパ)にて開催されました。
図研は、次世代のエンジニア育成を掲げる同大会の開催主旨に賛同し、2019年から協賛しています。そして、今年も現地に企業ブースを出展し、学生への企業PRをしてきました。学生フォーミュラを通じたエンジニア育成は、ものづくり業界全体に貢献するものです。このイベントの魅力をより多くの方に知っていただきたい!そんな想いで、図研視点での学生フォーミュラ特別企画をお届けします。
初回は、大会実行委員長 大和田様に大会運営についてお話を伺いましたので、その内容をご紹介します。大会運営においては、「次世代エンジニア育成」「ものづくりの新技術への対応」「グローバル化」といった製造業全体の共通テーマに対する取り組みが行われており、業界を盛り上げていくという観点での参考になるお話や学生に対する熱い想いなども伺えました。
インタビューにご協力いただいた
第21回学生フォーミュラ日本大会2023実行委員長
日産自動車株式会社 総合研究所 実験試作部 第一実験課 大和田 優 様
EVクラスの立ち上げ。そこに挑戦する学生達のハードル
2003年からスタートした本大会は、今回で21回目の開催を迎えました。コロナ禍で、2020年は完全中止、2021年はプレゼン、コスト、デザインの静的審査のみの開催となり、学生さん達にはとても辛い思いをさせてしまいました。2022年からこのエコパでの動的審査を再開し、2年目となる今年は77チームが参戦し、コロナ禍前の出場チーム数に近いところまで戻ってきています。内訳は、ICV(エンジン)クラス54チーム、EVクラス23チームとなっています。
私が大会運営側に関わったのは、2010年の動的エリアでのポストスタッフ役がスタートでした。その頃、日産はいち早くEVを市販し、この大会でEVクラスの検討が動き出していました。そして、2013年からEVクラスがスタートしましたが、当初学生達はEVの電気回路の製作に大変苦労していました。その姿を見て、『このままではEV嫌いが増えてしまう!』と焦りを感じ、日産社内で最も難解な安全回路を理解するための講座を開発し、2014年から学生向けの講座を始めました。学生フォーミュラに関わる学生は、機械系の学生が主体だったので電気系の知識が乏しく、EV車検の通過には、模範となる安全回路を目の当たりにして、各種機能を動作させて理解することが必要と考えて講座を組み立ててもらいました。そして、今年は7チームがEV車検を通過するところまできたので感慨深いですね。
■ EV移行するチームと、しないチームとの違いは?
ICV(ガソリン)クラスで実績を積み上げているチームは、そのノウハウを途切れさせたくないという想いが強いと思います。EVクラスにコンバートすると設計・製作ががらりと変わり、部品調達ルートの開拓や資金面での負担も増大します。特にバッテリーの購入には100万円以上の費用がかかりますし、それを扱うノウハウも必要になってきます。
これらのハードルを乗り越えるタイミングを各チームが様子伺いをしているのだと思います。一方で、チームによってはEVコンバートを決めたことをきっかけに参加する学生が増えた事例もあるようで、学生さんたちのEVへの熱意は我々が想像するよりも熱いと思います。
部品供給面では、コロナ禍に翻弄されている時期に㈱共創様から安価にバッテリーを提供していただき、希望するチームに提供をしました。今後はEV参戦チームが増え続けていくと思いますし、私たち業界もさらに部品サポートの輪を広げて学生たちがより幅広いEVコンポーネントから選択をできる環境を構築して大会を盛り上げていきたいと考えています。
■ EVクラスの車検通過数が少ない。審査基準が厳しいのでしょうか?
EV車検で落ちる理由は安全回路の動作不適合や、動作が不安定なものなど多岐にわたります。多くのチームは直流400V程度の電圧で駆動をしており、万一感電すると命に係わることは明らかであり、安全確保のためにはかなり厳しいルールを設けています。この活動を通して強電系の安全システムを理解できることは、今後の自動車の電動化の波の中で大きな武器になると思っています。ぜひ、意味を理解してチャレンジしてきて欲しいと思います。
EV(電気自動車)クラス優勝 名古屋大学
大会運営を支える実行委員会の熱い想い
今年は学生約1,600名が参加し、2003年の大会スタートから参加した学生の数は延べ28,000名にものぼります。そして、このOB/OGが自動車産業をはじめとしたものづくりの第一線で活躍しています。大会運営に関わるスタッフは約400名弱で、自動車業界の企業各社の理解もあり、社員の方を運営スタッフとして派遣していただける体制が確立できています。一部の方は、会社から許可が降りなくても、休暇を取得してボランティアで関わってくれていますね(笑)
大会初期の学生フォーミュラOB/OGは既に40歳代中盤に差し掛かり、社内での善き理解者として大会実行委員を積極的に送り出してくれますし、OB/OGご本人が実行委員のメンバーとしても関わり始めています。昨今の採用難といわれる中で大会協賛企業も増えていて、ものづくり志向の学生が2,000名近く集まるこのイベントへの期待は高まる一方です。今年は200社近い企業から協賛をいただいています。
大会運営については、10月から翌年に向けた新実行委員体制がスタートします。例年、SAEルールの変更への対応や少しでも参加者の皆様が安全かつ快適に競技に集中できるように熱心に検討をしてくれていて、頭が下がる想いです。
運営面で特に頭を悩ませるのが天候の問題です。熱中症や大雨によって、大会運営が影響を受けるのでさまざまな想定、準備が必要となります。そこで、来年から開催場所を愛知県・セントレア空港近くのAichi Sky Expo(愛知県国際展示場)に移すことになりました。18年、16回のエコパ開催からの大転換ですが、学生にベストパフォーマンスを出してもらうために決断をしました。学生フォーミュラをここまで育ててくれた静岡の地を離れて愛知へ移転しますが、学生フォーミュラの新たな故郷として皆さんと一緒に歴史を紡いでいきたいと思っています。
4年ぶりに海外チームが参戦!国際大会としての発展に期待
今年は、インドネシア、タイ、中国、バングラデシュなどの大学が参加してくれました。当初、20チームの海外エントリーがありましたが、途中の審査を経て、最終的にこの会場に出場できたのは4チームになりました。
海外チームについて、大会側から特に招集しているわけではなく、公式ホームページに公開しているだけで、各国のフォーミュラチームが自らエントリーしてきてくれています。アジアにおいて、フォーミュラの国際大会として開催しているのは日本だけで、国際基準での信頼性のある審査を求めて、優秀なチームが参戦してくれています。
東南アジアの新興国では、クルマづくりへの憧れがあり、優秀な学生も多いです。彼らを見ていると、国をあげて産業として成長させたいという期待や伸びている国の勢いを感じます。今後は、海外からの出場数を20チームくらいに増やして、国際大会として盛り上げていきたいと考えています。
クルマづくりが変化し、協賛企業の顔ぶれも変化
今年のエコパにおける企業PRコーナーには77社が出展し、コロナ禍前2019年の82社まで完全には戻っていないですが、昨年より大幅に増えました。
クルマづくりも変化し、スポンサー企業に東芝デバイス&ストレージ㈱さん、ソニーセミコンダクタソリューションズ㈱さん、ローム㈱さんなどセミコンダクタ系企業も増えていますし、協賛企業はもっと広げていきたいと思っています。
今後、学生達にモーターづくりにもチャレンジさせたいと画策しているので、これまでのガソリンを中心とした部品メーカーだけでなく、モーター関連の企業にもこの大会を知ってもらい、学生との繋がりをアレンジしていきたいと考えています。
ものづくり手法も変化し、学生たちは3Dプリンタで金属や樹脂を加工して部品を作っています。運営側としても、3Dプリンタで、繊維強化プラスチックを作るなど、新しいものづくりを学生たちに知ってもらう機会も作り、ものづくりの楽しさ、発展性を感じながら好奇心を育めたらと思っています。
学生だからこそ企業のサポートを存分に享受することもできると思いますし、自分たちが作りたいクルマを作り、実際にそのクルマを走らせられるというのは、とても貴重な経験なので、このイベントを通じて、型にはまらずダイナミックに活躍するエンジニアとして成長してもらうことが一番の願いです。
企業側も学生フォーミュラ支援を通して、日ごろの損得勘定を超越して学生さんたちの純粋な想いに共感してサポートする、そんな枠組みの中で社員の方々の育成などにも活用していただければ、実行委員側もこの上ない歓びだと思っています。
2023 Formula SAE Japan: Day3 (Dynamic Events) Endurance / 表彰式
イベント当日にインタビューに快く対応してくださった大和田様、誠にありがとうございました。出場チーム77チーム、参加学生約1,600名、協賛企業約200社という規模の大会運営においては、大変なご苦労があるにもかかわらず、学生を支援したいという一心でそこに集う大会実行委員の方々の熱い想いに触れることができました。図研としても微力ながら大会協賛として関わり、改めて当社としてできることを考えていきたいと思いました。
※本記事内での「もの(ひらがな)づくり」は、主催者による表記のままとしました。