第57回 自分が変われば組織が変わる
2016年06月15日日本では組織開発の重要性はあまり認識されていませんが、欧米での組織開発は、人が最高のパフォーマンスを発揮し人生を豊かにするための科学であるポジティブ心理学を取り入れた「ポジティブ組織開発」へと進化しています。今回からこの「ポジティブ組織開発」についてご説明します。
こんにちは、RDPi 石橋です。
「日頃からスキルアップに取り組んでいるのに、上司や同僚との関係が変わらないので成果を出せない」
「自分自身の意識や考え方は変えることができるかもしれないけど、周りの人たちを変えるにはどうしたらいいのかわからない」
「失敗を恐れ、事なかれ主義の人たちばかりで、自分ひとりでは何もできない」
こんな不満や愚痴を言って、自分は頑張っているのに周囲が変わらないから成果や結果が出ないと現状を嘆いている人は少なくありません。マネジャーやリーダーになると、それまでのようにプレイヤーとして自分だけががんばっても評価されず、チームや組織を変えることを要求されます。
個人のやる気を引き出しパフォーマンスを上げることは大切ですが、組織として成果を出すためには、人と人との関係性や相互作用に注目し改善することで、組織のパフォーマンスを向上させることが大切になります。そのため、欧米企業では、社員教育を通じた人材育成や様々な働きかけによって、社員一人ひとりのやる気を引き出す「人材開発」に加え、組織を活性化し、組織の総合的なパフォーマンスを向上する「組織開発」に力を入れています。
残念なことに、日本では社内に人材開発部という部署はあっても組織開発部という部署はほとんどないことからもわかるように、組織開発の重要性はあまり認識されていません。そんな日本の状況を尻目に、欧米での組織開発は、人が最高のパフォーマンスを発揮し人生を豊かにするための科学であるポジティブ心理学を取り入れた「ポジティブ組織開発」へと大きく進化しています。
私は、組織の仕組みと人の意識の両方に対して働きかけ、組織というシステムを変革することをミッションとしているのですが、ポジティブ組織開発という新しい潮流は、まさに私が取り組んでいるテーマそのものです。これから数回に分けてポジティブ組織開発の理論や考え方を紹介していきたいと思います。
組織開発(Organisation Development)
日本ではそもそも組織開発が馴染みのない単語であり領域ですので、まずは組織開発について簡単に説明しておきましょう。
組織はいくつかの階層(レベル)で構成されます。一番の大元は個人ですが、個人が集まったグループがあり、グループが集まった組織があります。組織が大きくなるとグループがいくつかのサブグループに分かれますし、組織はさらに外部の様々な組織と関係します。組織を構成する様々なレベルに働きかけるのが組織開発です。人材開発も最終的には組織をよくすることが目標ですが、働きかける対象は個人レベルであることが大きな違いです。
したがって、組織開発とは、メンバーの潜在的な力を引き出し、環境の変化に順応しながら組織目標を達成する「有効性」と、ワークライフバランスやワークエンゲージメント(仕事に対するやる気)などの「健全性」、そして、組織そのものが学習し続けて自らを発展させ変革する「自己革新力」を高めることを目指しているのです。
さらに、特徴的なのが「ヒューマンプロセス」に注目していることです。組織の中で話されていること、取り組んでいることなどの話題や課題、実施内容などの裏には、個々のメンバーがどのような気持ちでいるのか、どのようなコミュニケーションを行っているのか、お互いにどのような影響を及ぼし合っているのか、どのようなリーダーシップが発揮されているのかというような表には出てこない要素が存在します。これを「ヒューマンプロセス」とよびます。組織の中にどのようなヒューマンプロセスが存在するのかを把握し、良い方向に変えることが組織の発展につながると考えるのです。
このようなことから、組織開発の要諦は組織と個人の同時最適を目指すことだと考えることができるでしょう。仕組みというハード的な側面と個人の意識というソフト的な側面の同時最適、業績と個人の幸せとの同時最適、表に現れている事象と裏に隠れているヒューマンプロセスの同時最適というような、一見相反するものを同時に最適化することを目指しているのです。
ポジティブ組織開発
組織開発の進め方には大きく2つの方法があります。ひとつは「診断型組織開発」とよばれている方法で、組織の現状を調査してデータ収集を行い、分析結果をフィードバックして改善の取り組みを行うというものです。課題や問題にフォーカスしてそれを改善するというよくある方法です。
もう一つは「対話型組織開発」とよばれているもので、組織の課題や問題にはフォーカスしない方法です。メンバー同士の対話を通して、組織や個人の強みや潜在力にフォーカスし、その潜在力を発揮できる将来を探求した上で、行動計画を立てて実行するというものです。
この対話型組織開発が「ポジティブ組織開発」と呼ばれているものであり、人が最高のパフォーマンスを発揮し人生を豊かにする「ポジティブ心理学」にもとづいて、人と人との関係性や相互作用に働きかけ組織のパフォーマンスを最大化する「組織開発」だと言えます。ポジティブ心理学も組織開発も実験によるデータにもとづいた科学的な根拠を重視していることが、両者の親和性を高いものにしています。
ポジティブ組織開発は、職場の一人ひとりがやりがいを持ち、イキイキと充実した状態で仕事ができること、そして、そういう職場環境を通じて組織が最高のパフォーマンスを発揮できることを実現するための学問であり実践的な方法論なのです。
私は組織開発には組織という集団に働きかける特別な方法論や手法があると思っていたのですが、ポジティブ組織開発を勉強してわかったのは、組織を変えるには、まず変えようと思っている自分が変わる必要があるということでした。自分が変わると自分の周りの人が変わる。そして、変わる人が増えていくことで組織が変わる。つまり、自分自身が組織を変える存在となることが、ポジティブ組織開発におけるリーダーシップであり、自分がそういうリーダーになることが大切なのです。
それでは次に、組織を変えるリーダーシップとはどのようなものなのかを紹介したいと思います。
ポジティブ・リーダーシップ
ポジティブ組織開発の名著といわれている書籍に、ロバート・クイン「Lift : The Fundamental State of Leadership」があります。翻訳されていないので知っている人は少ないかもしれませんが、組織を変えるためのリーダーシップについて明快なモデルを提示していますので、紹介したいと思います。
クインは、リーダーシップとは図に示すように次の4つの思考や感情があらわれている心理状態だと定義しています。研究や実験により、この4つの思考や感情を経験することで、高い志を意識することができ、さらに、関係している人たちの志も高まることがわかっています。
この図では、リーダーシップに必要となる思考や感情を、柔軟性と安定性、そして、外側を向いているのか内側なのかという2軸であらわしています。柔軟性はこだわりがない状態、安定性はぶれることがない状態、外側とは意識が自分の外に向かっている状態、内側とは自分自身に向かっている状態です。ある意味、柔軟性と安定性、外側と内側という相反するものをどちらも大切にすることが大切だということです。そして、大切にすべきこの2つの軸で定義される4つの心理状態になることが、組織を変えるためのリーダーシップそのものなのです。一般的なリーダーシップと区別するために、これをポジティブ・リーダーシップと呼ぶことにしましょう。
このモデルは、この4つの心理状態になる努力をすれば誰もがリーダーシップを発揮できる、すなわち、組織を変えることができるということを伝えています。シンプルですね。ただし、日常生活の中でポジティブ・リーダーシップの心理状態になることは難しく、実践は決して簡単ではありません。4つの思考や感情は次のような状態になりがちだからです。
ポジティブ・リーダーシップのための4つの質問
組織を変えるための心理状態がポジティブ・リーダーシップですから、日常に流されることなく、ポジティブ・リーダーシップの心理状態を思い起こすことが重要です。そのためのもっとも簡単でかつ有効な方法が、次の4つの質問に答えることです。
質問1は短期的で安易な満足を求めるのではなく、意識を将来的に自分が満足できる本当の目的志向にするためのものです。
次のような質問に変えることもできます。
・この状況下でもっとも高次元の目的は何だろうか?
・もっともやりがいがあって挑戦できる目標(ゴール)は何だろうか?
・自分にとってもっとも意味があると思える成果は何だろうか?
・熱意を持って追求できるもっとも刺激的な目標は何だろうか?
質問2は人の眼を気にしたり他人の価値観に従うことを減らし、自分の価値観や美学を意識するためのものです。
次のような質問に変えることもできます。
・今より 10% だけ理想の自分になったらどんな過ごし方をしているだろうか?
・今の状況で自分の強みを発揮するにはどうしたらいいだろうか?
・あらゆるネガティブな影響を無視することができたら、やるべきことは何だろうか?
質問3は利己主義的な志向を減らし、他者の気持ちに寄り添う気持ちを高めるためのものです。
次のような質問に変えることもできます。
・今の状況に関わっている他者の満たされない思いにはどんなものがあるでしょうか?
・他者の行動を批判したくなる状況下で、彼らが良い人と考えることができるなら彼らの行動にはどのような理由があったのだろうか?
・世のため人のためにできることには何があるだろうか?
質問4は自分のこだわりや判断という内向きの意識を、どんな知見であってもオープンマインドな姿勢で受け入れる意識に変えるためのものです。
次のような質問に変えることもできます。
・今の状況に関連したあらゆるフィードバックに耳を傾けることができたら、自分はどのように変わるだろうか?
・自分の役割や専門性、管理責任などを気にしなくてもよいとしたら、自分はどのように行動するだろうか?
・今の状況を学習機会や挑戦機会だと考えることができたら、自分はどんな取り組みをするのだろうか?
これまでに紹介してきたレジリエンスは、ポジティブ心理学が重視し成果をあげている領域のひとつですが、ポジティブ組織開発も同じように重視し成果をあげている領域です。ポジティブ組織開発の考え方や実践は、日本企業の発展に必要なものになると思いますし、グローバルな競争を強いられる経営環境と、IoT や AI などの大きな技術環境の変化の中で、常に変化・変革を要求されている製造業は必要不可欠なものになると考えています。
今回は概略だけの紹介となりましたが、今後の連載の中で少しずつ詳細な内容を紹介していきたいと思います。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございました。
●執筆者プロフィール 石橋 良造
日本ヒューレット・パッカード (HP) に入社し、R&D 部門で半導体計測システムの開発に従事した後、設計・製造改革プロジェクトに参加。ここで、HP 全社を巻き込んだ PLM システムの開発や、石川賞を受賞した製品開発の仕組み作りを行い、その経験をもとに 80 社以上に対して開発プロセス革新やプロジェクト管理のコンサルティングを実施。
コンサルティングを続ける中で、より良い改革のためには個人の意識改革も合わせて実施する必要があるとの思いが強くなり、独立して株式会社 RDPi を設立した後、北京オリンピックで石井慧を金メダルに導いた(株) チームフローのコーチ養成コース、および、一般社団法人 日本ポジティブ心理学協会の公式プラクティショナー・コースを修了し、個人のやる気を引き出す技術の開発と、開発プロセスやプロジェクト管理の仕組み改革とを融合した改善活動を続けている。
●株式会社 RDPi :http://www.rdpi.jp/
●メトリクス管理ウェブ : http://www.metrics.jp/
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