第5回 モデルを作ってみよう(その2)
2020年06月23日
■ こんにちは。株式会社モーデック 技術本部の落合です。過去4回にわたりお付き合いいただきありがとうございました。最終回となる第5回は次のモデルの作り方をお話しします。
● ブラシ付きDC モーター
● DC/DC コンバータ
(※本連載では都合により、図に対して記事ごとではなく全体での通し番号を振っています)
第5回 モデルを作ってみよう(その2)
5-1. ブラシ付きDCモーター
電子デバイス以外のモデリング事例として、図23に示すブラシ付きDCモーターの事例も紹介します。
ブラシ付きDCモーターは固定子、電機子、整流子、ブラシから構成されます。簡単に動作原理を説明すると、モーターの電極間に直流電圧を印加すると、フレミングの左手の法則により電機子が回転を開始します。
そして、整流子とブラシの働きにより電機子のコイルに流れる電流の方向が順次切り替わり、電機子は同じ方向に回転を続けることができます。
図24から、回路方程式を立てると式3となります。
図24の各定数は、E:電源電圧[V]、Ra:電機子抵抗[Ω]、La:電機子インダクタンス、Ia:モータ・コイル電流[A]、Ec:モーターの誘起電圧[V] となります。ここで、E(s)、Ia(s)、Ec(s)は、E、IaおよびEcのラプラス関数です。
ブラシ付きDCモーターは電気エネルギーを回転系の機械エネルギーに変換します。ここで、電気エネルギーと機械エネルギーの関係式を確認してみましょう。モーターの誘起電圧Ecはモーターの角速度ω[rad/sec]に比例するため、比例定数をKeとおくと式4で表わせます。ここで、Ke[Vsec/rad]は誘起電圧定数といいます。Ω(s)は、角速度ωのラプラス関数です。
さらに、電機子に発生するトルクT[Nm]はIaに比例します。従って、比例定数をKtとおくと式5となります。ここで、Kt[Nm/A]はトルク定数、T(s)はトルクTのラプラス関数です。
また、回転運動系について運動方程式を立てると式6となります。ここで、Jm[Nms2/rad]:イナーシャ(慣性モーメント)、Dm[Nms/rad]:粘性係数です。
式3~式6からΩ(s)について解くと式7となります。
式7を式4に代入すると式8となります。
式8を式3に代入すると、式9となります。
ここで、C1、R1を式10、式11として定義しました。
式9をみると、機械系の関係式も含めすべて電気系に置換できたことになります。これがブラシ付きDCモーターのモデルとなります。式11を回路図であらわしたものが図25となります。なお、図25では回転数N[rpm]とトルクT[Nm]もビヘイビアモデルによって観測できるようにしています。
DCモーターのように、電気系と機械系の混在したものであっても、結局はエネルギー変換しているにすぎないので、すべてを電気系に変換すればSPICEモデルで表現できることになります。
最後に、図25のモデルでモーター起動特性を確認した結果を図26に示します。
図26は、表4に示すブラシ付きDCモーター仕様をモデル化したものです。
表4において、機械的時定数τmは、式12で定義できます。
図26に示すように、ブラシ付きDCモーターの起動特性が再現できていることが確認できます。
5-2. DC/DC コンバータ
最後は、DC/DCコンバータのモデリング事例を紹介します。図27に降圧型DC/DCコンバータの回路図を示します。図27では、スイッチング素子(MOSFETなど)が制御回路と一緒にIC化されたものをモデリング対象として考えてみます。
DC/DCコンバータのスイッチング制御回路の構成は、およそ図28のようになっています。制御回路は、主に誤差アンプ部とPWM信号生成部から構成されています。誤差アンプ部は、出力電圧と基準電圧との誤差を検知します。また、PWM信号生成部は、三角波と誤差アンプの出力をコンパレータで比較してPWM信号を生成します。このブロックで生成されたPWM信号で、MOSFETなどの素子をスイッチングさせます。
ICのような複合回路をモデル化する手法は色々ありますが、一番簡単なのは回路の構成要素を順番に等価回路でモデル化する方法です。図29は、図28のブロック図を参考に作成したDC/DCコンバータモデルです。モデルの内容を簡単に説明していきます。
モデル内部で使用しているアンプ、コンパレータは、LTspice付属のモジュールです (ネットリストで、Aから始まる素子です)。LTspiceでは、AND、ORといった論理素子やオペアンプ、コンパレータといったモジュールが簡単に利用できるようになっています。スイッチ素子は、理想スイッチとフリーホールダイオード、容量素子で代用しています。また、三角波発振器はパルス素子で実現しています。実回路では、発振器をつくるのは容易ではありませんが、モデルではこんなに簡単に作れてしまいます。なお、図28には示していませんが、DC/DCコンバータには起動時に負荷電流が急激に流れないように、基準電圧をランプ状に増加させるソフトスタートという機能が付いています。図29のモデルでは、電流源とコンデンサでこの機能を実現しています。これだけの部品でDC/DCコンバータの機能が再現できるのです。このモデルを使ってDC/DCコンバータの負荷過渡応答を確認した結果を図30に示します。
図30の結果は、負荷電流を急激に変化させたときの出力電圧の応答を確認した結果です。波形の概形はおおよそ再現できていることがわかります。
まとめ
これまで紹介してきたように、SPICEでは非常に多くの部品および回路のモデルを作成することができます。また、電子部品だけでなく、機械部品などもモデル化することができます。モデル化する手法は、コンパクトモデル、マクロモデル(等価回路モデル)、ビヘイビアモデルなどありますが、シミュレーションの用途に応じてモデリング手法を使い分けることが効率のよいシミュレーションにつながります。皆さんもぜひ、SPICEを活用してみてください。
本連載記事
第1回 SPICEシミュレータの仕組み
第2回 SPICEにできること
第3回 SPICEモデルの作り方とSPICEへの組み込み
第4回 モデルを作ってみよう(その1)
第5回 モデルを作ってみよう(その2)
落合 忠博(おちあい ただひろ)
株式会社モーデック 技術本部 Model On! 開発リーダー ※
アナログ回路設計で培った技術で、基板設計ユーザ向けの「Model On!」サービスや、部品メーカからの受託サービスなどを統括しています。IC回路モデルモデリング、デバイスモデリングにとどまらず、設計へのアドバイスなども積極的に実施しています。
※ 2020年4月1日から組織が変更になりました。